獲れたむつごろうは生きたまま頭から尾に向けて串刺しにし、ウロコを取るなどの下処理はせず、まるごと真っ黒になるまで焼く
酒、みりん、醤油、砂糖といった基本的な調味料だけで味付けする。醤油は地元の甘めの醤油を使うことが多い
煮付けは、酒や、酒とみりんを合わせたものなどで、素焼きしたむつごろうを煮込んだ後、醤油や砂糖で味付けしてさらに煮込む
その名も『むつごろう亭 丸善』。店の表にある看板にもしっかりと『前海物一品料理むつごろう、くちぞこ、蟹…』という文字が並んでいる。
「前海(まえうみ)というのは有明海のこと。すぐ前にある海やけん、昔からそう呼びよるんですよ」。
そうお話くださるのは店主・田中善彦さん。漁師であるお父様の善吾さんが有明海から獲ってくる魚介類を料理されている。
むつごろう漁が行なわれるのは春から秋にかけて。鮮度が落ちないうちにすぐに素焼きするとのこと。
「陸に上げると長くは生きられんけん、半日くらい生かして泥を吐かせてからすぐに焼いて保存します。口からしっぽに向かって串を刺して焼鳥みたいにして焼くんです。むつごろうは顔をよう見たら目ん玉はブルーでハート型でかわいいけん、ちょっとかわいそうな気になるんよね。専用の焼き台で焼くんやけど、全部手焼き。300匹焼くのに2時間くらいかかるんですよ。黒くなるまでしっかり焼いとかんといかん。干潟の魚のクセがあるけん、しっかり焼いてそれを取るんよね。素焼きしたむつごろうを冷凍しておけば1年中食べられるよ」。
むつごろうの代表的な食べ方である煮付けを作っていただいた。
「鍋に水とみりんを入れて沸騰させて素焼きしたむつごろうを入れます。」
「そして、砂糖と醤油を入れて煮込むだけやんね」。
特に計量しているようでもなく、その作り方は豪快だ。
「うちは漁師料理やけんね(笑)」。
できあがったむつごろうの煮付けは香ばしく甘辛い。その中にむつごろうならではの味わいが感じられる。
「丸ごと素焼きしたのを煮とるだけやけど、内臓もうまかもんね。まるごと食べられるしね。むつごろうの味がするやろ?甘露煮風の煮付けやけど、これを蒲焼きと言ったりすることもあるね。むつごろうが獲れる時期なら、本当の蒲焼きも作るけど、それも旨いよ。昔は冷凍やらできんかったけん、食べられるのは春から秋にかけてで寒い時期は食べられんかった。昔はウナギと一緒で、夏のスタミナ料理のイメージやったね。盆には必ず食べよったよ」。
では、今でもむつごろう料理はよく食べられているのだろうか?
「ここらへん(東与賀)とか、久保田とか川副(かわぞえ)あたりでは今でもよく食べよるよ。むつごろうとはあんまり言わなくて、『むつ』って呼ぶことが多いね。ちょっと固いけど、素焼きはそのままでも美味しいし、ぶつ切りにして味噌汁に入れたりもするよ。むつごろうとナスビの味噌汁は旨いよ。むつごろうが獲れる時期なら、赤い身で淡白な味わいの刺身もいいね。店でも、出したりしよるよ。うちの子どもは、むつごろうの煮付けが好物で、幼稚園の時に弁当に入れてくれって言うけん、入れてやったよ。むつごろうが入った弁当は、幼稚園児では日本で一人やろうね(笑)」。
田中さんは有明海の素晴らしさを伝える活動も行なっている。
「毎年5〜9月にかけて干潟体験をやりよるよ。潟スキーで干潟の上を移動したり、むつごろうを獲ったり、大人も子どもも、どろんこになってね(笑)。有明海を体感できるよ」。
その後、田中さんが作った有明海の魚介を使った料理を食べれば、干潟の大切さがより感じられそうだ。
※干潟体験は要問合せ。
水揚げされたむつごろうは半日ほど泥を吐かせた後、生きたまま串刺しにして真っ黒になるまでじっくりと素焼きする
使う調味料はみりん、砂糖、醤油のみ。店主が「うちは漁師料理ですから」と言うシンプルな味付けだ
水とみりんを合わせたものでむつごろうの素焼きを少し煮込んだ後、砂糖と醤油を入れてさらに煮込む
店主・田中善彦さんは、漁師であるお父様の善吾さんが有明海から獲ってくる魚介類を料理している。メニューに並ぶのは、むつごろうの甘露煮風煮付けが付く『むつごろう定食』など、有明海の魚介類を使ったものがほとんど。4〜5月に訪れれば、むつごろうの刺身や、ワケ(イソギンチャク)の刺身など、有明海の珍しい味を食べることもできる。