九州の味とともに 冬

この料理の"味のキーワード"

蓮根

産地、形などで味わいが異なるので各店とも独自に仕入れる。また、ゆで方によって食感が変わってしまうので、職人の腕の見せ所

からし味噌

味噌とからしを合わせて作られ、蓮根の穴に詰められる。辛めのも、甘めのもの…各店の個性を出すための重要な味となる

揚げ方

小麦粉、クチナシ色素などを水で溶いた衣をつけて揚げる。箸ではない先端がカギ状にまがった“手カギ”を使うのは各店とも同じだ

語り 森からし蓮根 緒方智幸の「からし蓮根」

緒方智幸さん

「からし蓮根は焼酎がすすみすぎますね(笑)」という、自称“からし蓮根宣伝隊長”の緒方智幸さん。まずは、からし蓮根の歴史について教えていただいた。実は、熊本のからし蓮根の歴史は、『森からし蓮根』の歴史そのものでもあるのだ。
「時は寛永9年(1632年)。熊本城主として肥後入りし細川家初代の忠利公は病弱でした。これを心配した禅僧玄宅和尚が蓮根を食べることをすすめましたが、掘り出した蓮根はグロテスクなもので、この話は一度立ち消えとなりました。しかし、再びその話がもちあがり、まかない方(料理係)に蓮根料理を作れというおたっしがあったのです。料理人が30人ほど集められ、今でいうコンペが行われました。当時、当店の初代・平五郎は24歳のまかない方だったのですが、お殿様が一番気にいったのが平五郎が作った『からし蓮根』だったのです。お殿様もみるみる元気になり、ある日、平五郎はお城からお呼出しがあったのだそうです。そこでたいへんなお褒めの言葉をいただいたということです。そして、森という名字と刀を賜り、名字帯刀を許されたのです。家紋もその時にいただいたものです。丸い形に縦1本の線が入った形は、鍋のふたを真上から見た形を模したものです。鍋蓋紋と呼ばれるとても珍しいもので、呉服屋さんにもありません。着物を作る時は特注になってしまいます(笑)。蓮根を輪切りにした文様は細川家の家紋である九曜紋に似ているということもあり、江戸時代の間は、門外不出の食べ物でした。殿様、姫様、若様しか食べられないものだったわけです。その後、西南戦争が終わった後の1877年に14代森平次郎が開業して広まっていきました。私たちは、この場所でからし蓮根の製造・販売を始めてから、からし蓮根のみしか取り扱っておりません。現在の当主は18代目。『我々の代で終わらせるわけにはいかない』と、江戸時代から引き継がれている味を守っております。子々孫々にいたるまで伝えることが大事ですね。忠利公が身体が丈夫だったら生まれていなかったわけですから、本当に偶然の産物ですね」。

蓮根の食感はゆで作業で決まるとのこと。重要な作業だ

次に蓮根の話。
「蓮根は西日本蓮根で、日本固有の『ジャポニカ』種を使っています。佐賀産や四国産のものでシャキシャキ感がありますね。これに対して茨城や金沢で盛んに作られている東日本蓮根というのもあります。天ぷらにすると美味しくて、当地では蓮根天は名物ですが、からし蓮根にはむかないようです。泥を落として表面をきれいにした蓮根は皮がついたままゆでます。ここがからし蓮根作りで一番大切な部分かもしれません。ゆですぎると腰くだけになってシャキシャキ感がなくなってしまうし、ゆで時間が足りないとかたくなります。新蓮根は水分が多いのでゆで時間を短くしたり、夏は長めにゆでたりと、その時の蓮根の具合いで調整します。さわった感触や、切れ端をかじったりして確かめることもありますね」。

からし味噌は1本ずつ手作業で詰められる

からし味噌は、麦味噌に和からし粉を入れて水を少しずつ加えながら調整していく。そして、ゆであがった蓮根にからし味噌を詰めていく。大きなすり鉢のような器の中にからし味噌が入っていて、すり鉢の底面に蓮根を叩くように、練り込むようにして詰めていく。
「うちでは1本ずつ手で詰めています。それで、小さな穴にも入れることができます。反対側の穴からからし味噌が出てくるまで詰めますが、15cmくらいのものは早い人だと15秒くらいですね。かための味噌なので手で詰めるしかないんです。味噌を詰めたあと、一晩ねかせてから、揚げる工程になります。時間をおくことで、からし味噌と蓮根の塩梅が落ち着きますし、味噌の中に塩がはいっているので余分なアクと水が抜けるのです」。

横で回る扇風機は暑いからつけているのではなく、からしで涙が出ないようにするためだ

このからし味噌にも歴史的なおもしろい話がある。
「当時の迷信として、油で揚げたものを食べると頭に血がのぼってのぼせると言われていたようです。それを沈めてしゃきっとさせるのには辛子が一番だったようで、のぼせ止めとして、味噌にからしが加えられたようですね。栄養だけで言うなら味噌だけでもよかったと思いますから(笑)」。

先代の当主・17代目(現会長)森久さん。今も日々、からし蓮根づくりを行なっている。
「からし味噌を詰める時、あまりトントンと叩くようにしてはいけませんね」

揚げの作業も手作業だ。
「小麦粉、空豆の粉、クチナシの実をしぼって作られた天然色素、氷水を素早く混ぜて衣を作ります。小麦粉はケーキの材料にもなる高級品です!!」。

衣が作られる鉢は陶器から型をとったすりばち状のもので特注。さきほど、からし味噌を詰める時にも使われていたものだ。蓮根を衣の中に落として、手カギで全体に衣をつける。それから、手カギで蓮根をひっかけてなたね油に投入していく。

手カギを使って衣がつけられていく

「箸だと変な線がついたりするのでダメージないように、穴が1カ所ですむようにしているんです。揚がり具合は色、泡の出方でわかります。初めは泡が小さくてたくさん出てくるのですが、その泡の粒が大きくなり、きつね色になったらできあがりです。新蓮根は水分が多いので衣がはげやすかったりしますし、職人さんの技ですね。衣と蓮根がはがれないようにするのは、江戸時代からの私たちの闘いでもあります(笑)」。

1本ずつじっくりと揚げられていく

1980年代までは薪を燃やし、釜で揚げていたそうだが、現在はフライヤー。とは言え、そのフライヤーは3台のみで、自動ではなく1本ずつ揚げていく。その日に出荷するものはその日に揚げる。『森からし蓮根』のからし蓮根は市内各所や高速道路のSAなど多くの場所で売られているが、すべてここで作られているとのこと。
「機械化するとうちがうちでなくなってしまいますからすべて手作りです。からし蓮根は、材料的にも味わい的にも技法的にも江戸時代の料理の粋を集めたものだと思います。江戸時代以来、材料はすべて自然の素材ですし、当時から作り方も変えてはおりません」。

事務室には、細川家から賜った品も飾られている。

できあがったからし蓮根の味わいは、数百年変わらないもの。ピリリとからしが効いた味わいの中に、歴史も詰まっているようだ。
「マヨネーズをつけるとまろやかになりますし、甘めのさしみ醤油やごまドレッシングにも合います。レタスと一緒にパンにはさんでも美味しいです。温めるのならレンジでぬるいくらいが美味しいと思います。揚げたては、熱すぎて味がよくわからなかったりもしますから。当時は、毒味などもあったし、揚げてからお殿様の口に入るまでかなりの時間がかかったはずです。冷めても美味しいのが本当に美味しいからし蓮根だと思いますよ」。

「私たちの使命は、のれんを守ること。ただそれだけですね」と女将さん

全国の百貨店の催事などに出店することも多い『森からし蓮根』。緒方さんも多くの人々にからし蓮根を広めている。
「よく、『辛いですか?』と尋ねられます。『私は泣かんけど、嫁は辛くて泣きます。だから、家内はマヨネーズつけて食べよります』と言いますね(笑)。からし蓮根を売りに行くと同時に、からし蓮根を伝えに行くつもりでやらせていただいています。からし蓮根は熊本の名物であり、熊本の文化ですから。しかもうちが元祖なのですから。熊本人であることの誇りをもって催事には出かけます。だから、どこに行っても熊本弁ばりばりでやってますよ(笑)」。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

蓮根

西日本蓮根と呼ばれるもので、日本固有の『ジャポニカ』種。佐賀産や四国産でシャキシャキ感がある。その食感を損なわないようにゆでる

からし味噌

麦味噌に和からし粉を入れて水を少しずつ加えながら調整していく。ゆであがった蓮根に、からし味噌を1本ずつ手で詰め、一晩ねかせる

揚げ方

衣は、小麦粉、空豆の粉、クチナシの実をしぼって作られた天然色素と氷水を素早く混ぜて作る。なたね油で1本ずつ揚げていく

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森からし蓮根 江戸時代から変わらない味を今に伝える

寛永9年(1632年)に初代・平五郎が、病弱であった細川家初代藩主・忠利公のために生み出した味を今に伝えている。すべて自然素材である材料や味わいだけではなく、蓮根をゆでる作業、からし味噌を蓮根に詰める作業、揚げる作業と、すべてが手仕事であることも、当時から変わらない。18代目である現当主も、日々、からし蓮根作りに精を出している。

からし蓮根は1本あたり1050円〜。すべて大きさが違うので計量販売だ
本店の場所はずっと変わっていない。熊本市の百貨店『鶴屋』や、熊本空港、高速道路SAなどでも『森からし蓮根』のからし蓮根が販売されている

森からし蓮根

住所 熊本新町2-12-32
電話 096-351-0001
営業 7:00〜17:00
休み 不定
カード 不可
駐車場 あり
URL http://www.karashirenkon.co.jp/
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