九州の味とともに 冬

この料理の"味のキーワード"

ぬか床

基本的な材料は、米ぬか、塩、水、山椒の実、唐辛子、柚子の皮、昆布など。その中で乳酸菌や酵母菌が発酵を続けている。各ぬか床特有の菌も存在する

味付け

醤油、酒、砂糖など基本的な調味料は煮付けをする時と変わらない。そこにぬか床が加えられることにより美味となり、保存食にもなる

炊き方

ある程度炊いた後、ぬか床を入れる。身が柔らかいので、ぬか床を入れた後は弱火でコトコトと炊くが、炊き方にも細かな工夫がされる

語り ぬか床 千束(ちづか) 下田敏子の「ぬか炊き」

下田敏子さん

「『朝夕にわが子のようにぬか床をめでて過せし吾の一生』。
これは、私の母が、ぬか床に関して詠んだものの一つなんです」

店主・下田敏子さんは、母から娘、そのまた娘へと受け継がれ守られてぬか床を大切にしている。
「ぬか床は、江戸の初めに小倉藩主・小笠原忠真公が前任地の信州・松本より小倉に伝えたと言われています。そして嫁入り道具の1つとして代々受け継がれてきたんです。私のぬか床もその一つですね。戦時中、母は『もしも、自分の代で途絶えることがあってはご先祖様に申し訳ない』と、いつも枕元に種菌を置いて寝ていたそうです」。

1つの器に約70kgのぬか床が入っている

しかし、ぬか床は、ただ古ければ良いというものではないらしい。
「常に“熟女年齢”を保つ様に心がけています。年を取り過ぎそうになったら、若い新しい生ぬかを入れてやったり、水分を補ってやったり、居心地のいい温度(24〜25度)を保ってやったり…いつも、ぬか床と会話をしています。生産性があってバランスのとれた年齢、丁度35歳〜40歳位の主婦年齢くらいに保たせることが大切です。それと、混ぜ過ぎないことは、とても重要です。一般的には、よく混ぜなければならないというイメージがあるかと思うのですが、混ぜ過ぎると空気が入りすぎて、ぬか床の中にある乳酸菌が少なくなり、美味しくない様になってしまうんです。正しい混ぜ方は、ぬか床の天と地をひっくり返す様なイメージですね。真ん中は混ぜなくてもいいんです。

野菜を取り出した後は表面を平らにしておく

そして、軽く混ぜた後は表面をパンパンとよく叩いてならし、空気を抜きます。表面積を少なくして、酸化防止をするためです。ぬか床は、あまり手をかけ過ぎないこと。少しほったらかすくらいが美味しくなります。ほったらかしっぱなしではいけないんですが、“愛情を持って見守る”ことが大事です。発酵には時間がかかりますから、菌の持つ力を信じること。子育てと同じですね(笑)」。

下田さんのぬか床は、素材に関しても奥が深い。
「ぬか床に入っているのは、米ぬか、塩、水、唐辛子、それに、昆布、山椒の実、柚子の皮です。これらの素材もきちんとしたものばかりです。米ぬかは無農薬の、甘くて、美味しくて新しい安全なものです。天然の防腐剤となる山椒の実は、6月に40kgほどを、柚子の皮は12月に1,000玉ほど仕込んで、それぞれ下処理して冷凍し、使う時に小出しにしています。あと、ぬか床の中には古漬けも入っています。通常のぬか漬けは、野菜を長くても1〜2日漬けて食べるのですが、そのままずっと入れておくのが古漬けです。古漬けは、昔は保存食としても食べられていたんです。油に合うので炒め物にすると美味しいですよ」。

長年、ぬか床を育てている下田さんは、ぬか床の栄養分についても詳しい方だ。
「ぬか床の原料となる生ぬかは、玄米の胚芽部分ですから一番力のあるところで、ビタミンB1やミネラルが豊富です。さらに、ぬか床は発酵食品で、防腐剤の役目もする植物性乳酸菌が豊富に含まれています。わずか1gのぬか床の中に10億個の乳酸菌がいると言われています。うちのぬか床からも新種の乳酸菌が発見されて、『ちづか菌』と命名されています。『ちづか菌』は酸性の強い菌です。それぞれの酒蔵にもある“蔵付き麹菌”のように、特有の菌があり、それが味の違いになっているのかもしれませんね。ぬか床を、そのまま生で食べることはあまりありませんが、漬けたぬか漬けの野菜は一緒にたくさん食べられて整腸作用が働き便秘や肌ツヤが良くなった気がします」。

再び新しい野菜を漬ける。日々その繰り返しでぬか床は育っていく

ぬか床の中に漬けられる野菜には、細かな下処理や漬け方がある。
「基本的にはどの野菜でも洗って漬ければいいのですが、アクやエグミがある野菜は下処理が必要です。例えば夏はナス、春は新ゴボウとかフキとかですね。そのような野菜は塩もみしたり米のとぎ汁でゆでてから漬けたりします。キャベツはタテ半分に切って、切り口を上にして漬けています。切り口を下にすると、すごく水分が出てしまうんですよ。漬ける時間は、夏と冬ではずい分と違います。夏はすぐに漬かりますし、冬はゆっくり漬かります。だから、同じ大根でも夏は輪切りにした後1/2に切って漬けますが、冬は1/4にしています。季節によって切り方も変えているんです。余談ですが、大きな野菜はいいのですが、ラディッシュなど小さな物は、ぬか床のどこにいったかわからなくなる時があるので、数を数えてから入れてます(笑)。ぬか漬けは、洗ったら、すぐに食べるのが一番です。空気に触れたら、劣化してしまいますから」。

爽やかな酸味を持つ『ぬか漬け』

下田さんが大切に育てているぬか床を見せていただいた。ふたをあけると爽やかな香りが漂う。まさに、良いぬか床の印だ。
「いい香りでしょう? 良いぬか床は、触るとふっくらしていて、しっとり感もあります。香りと、素手で触った時の手ざわりでわかりますね。私は依頼があれば、ぬか床診断もやっていますが、診断する時には、必ずテイスティングをしています。そして、歴史や背景などそれぞれの“ぬか床ストーリー”をお聞きして、対処法をお伝えしています。何度でもお越しいただいてかまいません。ぬか床は、みなさんの家の宝物ですからね。日々のぬか床の管理は大変ですけど、身体に良いし、美味しいから200年以上続いているのだと思います。複雑な菌のことなど、後でわかったことですから、昔の人の知恵はすごいですよね。学者さんが分析すると難しい説明になるのでしょうが、母は何でも簡単に教えてくれました。例えば、ぬか床の上面に白いカビ状のものが出ることがあるのですが、それを『入れてええよ』と言ってました。その白いものは、実は『産膜(さんまく)酵母』という酵母菌なんです。そして、それを空気のないところに送りこむと、エステル(香り成分)の素となり、ぬか床の旨味や深みに大変身するんです」。

ここまでぬか床の話をうかがってきたが、このぬか床を使った青魚の『ぬか炊き』が美味しくないはずはない。
「この店は、母の『ぬか炊き』があまりにも美味しくて始めたようなものなんです(笑)。乳酸菌はタンパク質をやわらかくする作用もあるので、イワシやサバなど、魚の身も骨もやわらかくしてくれます。真夏でも火を入れておけば腐らないので、籠城する時の保存食にということも、お殿様は考えていたというわけですね。ぬか漬けは昔は日本のどの家庭にも普通にあったものですが、『ぬか炊き』というのは、小倉を中心とした北部九州だけのようです。うちではサバやイワシの他、豚肉の『ぬか炊き』も作っています」。

サバの『ぬか炊き』作りを見せていただいた(いいイワシを仕入れることができた時は、イワシの『ぬか炊き』も作られるとのことだが、最近はイワシが入らず、ほとんどサバで作るのだそうだ)。
「味付けに使うのは、醤油、砂糖、酒、水くらいで、そこにぬか床をたっぷりと入れます。うちには大きなぬか床の樽が6個ありますが、すべての樽から同じ量ずつとって鍋に加えます。どの樽も同じ状態にしておかなければなりませんから。

煮汁にぬか床を入れる

煮汁とぬか床を合わせたら、そこに、さばいて、塩で締め、水洗いしたサバを入れ、ショウガの細切りを入れます。

サバの切り身を入れ、ショウガの細切りを入れる

1度に15匹分、60〜80切れを炊きますね。うちは刺身用のサバを使っていますが、脂ののっている方が美味しいです。やはりサバやイワシが美味しくて、『ぬか炊き』には白身の魚は合わないようです。

沸騰したら弱火でコトコトと炊く

火をつけて1度沸騰したら、弱火にして、コトコトと3〜4時間炊いて、一晩置いてできあがりです。炊く時、一度鍋に魚を並べたら、箸でさわったりひっくり返すことはできません。身がやわらかいのでさわると崩れてしまうからです。『ぬか炊き』は保存食ということもありますし、骨までやわらかくなるようにじっくりと炊きます。できあがったら、1日1回火を入れれば、かなり持ちますよ。いろんな野菜の旨味が溶け込んだ、おいしいぬか床があっての『ぬか炊き』です。豚肉をぬか床で炊いた後の煮汁で大根を炊いた、『肉汁大根』も美味しいですね。煮汁の残りで手羽先を煮たものも美味しいですよ」。

サバの『ぬか炊き』

やわらかく、ぬか床の味もしっかりと染み込んだ『ぬか炊き』は、サバが苦手な人でもきっと大丈夫だ。青魚のクセはなく、美味しくいただくことができる。

下田さんは、今、子どもたちに『ぬか漬け』や『ぬか炊き』をたくさん食べて欲しいと願っています。
「うちの店は、小さいお子さん大歓迎ですよ(笑)。実際に食べてもらって、舌で学んでもらいたいんです。多くの方に食べていただきたいから、ちょっとせまいけど、アンテナショップ的に、この空間はあるんです。日本人の遺伝子にも合っているし、次の世代を担う子どもたちに伝えていきたいですね」。

最後にぬか床が“生きている”ことがわかるエピソードをいただいた。
「ぬか床を作る時、水と米ぬかを混ぜる作業は結構大変です。そこに、元となるぬか床を入れると、発酵してやわらかくなっていきます。それが冬になると寒さで固くなるんですが、春になると自然とふくれてやわらかくなるんですよ。部屋の中は一定の温度に保つようにはしているんですが、部屋の中にあっても、ぬか床は、外の温度がわかるようなんです。だから、私はぬか床の中に手を入れた時に、『あ、春が来た』と感じるんです。春を一番最初に教えてくれるのは『ぬか床』なんですよ」。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

ぬか床

基本的な材料は、米ぬか、塩、水、山椒の実、唐辛子、柚子の皮、昆布など。その中で乳酸菌や酵母菌が発酵を続けている。各ぬか床特有の菌も存在する

味付け

醤油、砂糖、酒、水を合わせた煮汁に、ショウガの細切りも加わる。さらに、たっぷりと加えるぬか床の力で、奥深い味わいとなる

炊き方

煮汁にサバの切り身を入れて強火にする。沸騰したら弱火にして、コトコトと3〜4時間炊き、一晩寝かせて味を染み込ませる

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ぬか床 千束(ちづか) 江戸時代から代々守られてきたぬか床

江戸時代から代々続くぬか床を使った野菜のぬか漬けや、青魚の『ぬか炊き』の専門店。無農薬の甘くて美味しくて新しい安全な米ぬかを使い、育てたぬか床に、下処理してアクやエグミなどを取り除いた野菜を漬ける。そうやって野菜のエキスが含まれたぬか床を使うサバやイワシの『ぬか炊き』も旨味満点だ。『ぬか炊き』やぬか床の販売も行なっている。

お昼の『ぬかみそ煮定食(魚)』1,000円。ぬかみそ煮(ぬか炊き)は、肉か魚を選ぶ。ぬか漬け、小鉢、ごはん、みそ汁、デザートも付く。夜の定食は1,260円。持ち帰りメニューは『ぬかみそ煮2人前』840円、『熟成ぬか床』1kg 1,050円、『調合たしぬか』500g 315円、『ぬか床セット』3,150円、『柚子味噌』1,575円
写真は2階の飲食スペース。1階には、販売スペースなどがある

ぬか床 千束(ちづか)

住所 福岡市中央区高砂2-9-5
電話 092-522-6565
営業 昼11:30〜売切れまで/夜17:30〜OS20:00
※販売は10:00〜19:00
定休日 土曜、日祝日
10席
カード 不可
駐車場 なし
URL http://www.nuka-chizuka.com/
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