『山太郎ガニ』の甲羅を取った後、まるごと細かくすりつぶす。そこに水と味噌を加えて混ぜ合わせ、ザルで丁寧に濾す
濾したものを弱火で温める。ゆっくりと温めることによって、カニの旨味が凝縮された、ふわふわの固まりができあがる
より食べやすくするためと、味わいにアクセントをつけるため、すりおろしたショウガとネギがよく使われている
毎朝手打ちした、うどんや、そばを食べられる『黒荷田茶屋』。“黒荷田”とは、お店がある地域の地名だ。定食などの小鉢につく料理は、この地域の旬の野菜を使ったもの。そして、地元の方々が毎年秋になると楽しみにされているのが『かにまき汁』だ。
「『かにまき汁』は平成7年にお店を始めた頃は作っていなかったのですが、お客さんのご要望から作り始めたんですよ。9月から12月頃にかけて食べていただけます」。
店主・河野ツマエさんは、昔ながらの石臼と杵を使うやり方で『かにまき汁』を作っている。今回は私たち取材班も『かにまき汁』作りを体験させていただいた。
かにまき汁の材料は、『山太郎ガニ』、味噌、水。
「生きたカニの甲羅をはいで、裏側の硬いところも剥いで、2つに折るように割ります。水でよく洗って石臼に入れて、杵でついていきます。うちで使うカニはオスとメスを混ぜていますね。9月~10月のメスは卵を持っていますから、オスより美味しいと思いますよ。値段も高いですが(笑)。甲羅をはぐ時に、カニ味噌も一緒に取っておきます。これは後で使うんです」。
ザクザクっという音とともにカニは砕けていくが、硬いので、すぐに細かくなるわけではない。
また、杵を高い位置から振り下ろすと、周辺に飛び散ってしまうので、丁寧につぶす必要がある。
「生きているのを見ていますから、つぶすのはちょっと気が引けますね。『ごめんなさい、ごめんなさい』と思いながらやっていますよ」。
時折、石臼の中の上下を入れ替えるようにして、さらにつぶしていく。
「秋の初めが一番硬い時期のようです。ついていて、プチプチという音がしている時はまだまだです。形がなくなるまですりつぶしていきます。枝(足)の形が残っているということは、中にまだ身が残っているということ。それはもったいないですからね。『かにまき汁』は『山太郎ガニ』を余すことなく使う料理なんです。」。
十分すりつぶしたら、合わせ味噌を入れてすり混ぜる。水を入れてさらに混ぜ、ザルで濾す。
「カニの量、味噌の量、水の量で味わいは変わります。やっぱり薄いよりも濃いほうが美味しいですね。
加える水は山の湧き水で、カニを育んでいる水と同じです。より美味しくなりますよ」。
次は厨房に移り、濾したものを温める。
「温める時、さっき取っておいたカニ味噌も加えます。
これで、よりカニの風味が深くなりますよ。一気に沸騰させるとバラバラになって、ふわりとした固まりにならないですね。だからゆっくりと温めていきます。器に注いで、すりおろしたショウガを入れ、ネギをかけてできあがりです」。
汁からも、ふわふわの固まりからも、カニの旨味がしっかりと伝わってくる。ゆでて食べても美味しいカニを汁物にするという、ぜいたくな一品だ。
「カボスの搾り汁を入れても美味しいですね。この地域では、『かにまき汁』は昔から食べられているものです。昔は小さい臼があって、母は、カニを2~3匹つぶして、その日に食べる分だけを作ったりもしていましたね」。
私たち取材班がお手伝いして作った『かにまき汁』と、河野さんが作った『かにまき汁』を食べ比べさせていただいたが、私たちが作ったものは今ひとつの味。それほど難しい工程とは思えないのだが、カニのつぶし方など微妙な部分が違ったのかもしれない。地元の方が長年作られている郷土料理は奥が深い。
甲羅などを取り除いて洗った『山太郎ガニ』を石臼に入れて杵で細かくすりつぶす。合わせ味噌と山の湧き水を入れて濾す
一気に熱するとカニの旨味が凝縮された、ふわりとした固まりができないため、弱火でゆっくりと温める。汁は徐々に澄んでいく
薬味は、すりおろしたショウガとネギ。温める途中で、甲羅を外す時に一緒に取っておいたカニ味噌を加える
毎日手打ちした、うどん・そばや、それらに小鉢などが付いた定食が人気。毎年9月〜12月頃にメニューに加わるのが『かにまき汁』で、昔ながらの石臼と杵を使うという手間のかかる方法で作っている。すりつぶしたカニ・水・味噌を合わせて濾したものを温める前に、あらかじめ取り除いておいたカニ味噌を投入するので、カニの旨味がより際立つ。