2022.08.22

美味しく、多く、焼酎を届ける。この当たり前を叶えた技術がある。

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ブームの黒霧島が足りない。
冷凍甘藷こそが希望だった。

2004年、霧島酒造は原料不足に陥った。2000年代初頭に急激にヒットした「黒霧島」の製造は、常にフル稼働の状態だった。加えて芋焼酎ブームにより、業界全体で原料であるさつまいもが足りなくなったのだ。
そんな窮地を乗り越えるために必要だったのが冷凍甘藷、つまり冷凍したさつまいもを焼酎の原料として使用する技術だった。その冷凍甘藷技術の立ち上げに向き合ってきた徳元克則、松原史に話を聞いた。

当時の芋不足は深刻なもので、本格焼酎「霧島」のための「黄金千貫(コガネセンガン)」を、「黒霧島」の製造に回すほどだった。さつまいもの早掘りや二期作にも取り組んだ。「少しでも多くのお客様に黒霧島をお届けしたい」その想いから、社員は飲食店で黒霧島を注文することも控えた。
「もう、業界全体でさつまいもが足りなくなっていて、あるものでやりくりするしかなかったんです」
当時を思い出したように、徳元は重々しい表情を浮かべた。
「甘藷納入業者を集めた会議の懇親会でも黒霧島を出せず、当社の麦焼酎や米焼酎をお出しした際に大変お叱りを受けた事を今でも覚えています」と松原は苦い経験を語る。
考えうる限りを尽くしても、まだまだ原料芋は足りない。2004年、ついに出荷量の制限に踏み切った。苦渋の選択だった。

とにもかくにもブームの黒霧島を安定的に製造し続ける技術が必要だった。まず、さつまいもの貯蔵の研究を行ったがこれは上手くいかなかった。黒霧島で使用しているさつまいもの品種である「黄金千貫」は貯蔵性が良くなく、満足いく酒質に仕上げることができなかったのだ。

冷凍甘藷に活路を見出すことになったのは、そんな時だった。実は深刻な原料不足が起こる前から、冷凍甘藷の研究は進められていた。そもそも、さつまいもの収穫時期は8月~12月。その期間に全てのさつまいもを仕込まなければならず、生産量には限界がある。しかし、原料である甘藷をうまく冷凍できれば、1年を通した製造が可能になるのだ。だからと言って、冷凍甘藷を販売する商社などに頼るという選択肢はなかった。
「やはり原料のさつまいもが良いものでないと。いつもうちで仕入れているさつまいもからつくった冷凍甘藷じゃないとだめだったんです」と松原は語る。

霧島酒造のこだわりは、100%九州産のさつまいもを使うこと。どんな原料であれ、出どころがしっかりとした物でなくてはならない。冷凍甘藷についても地元の生産者が栽培し、受入検査で合格判定が出た甘藷だけを自社管理の中で加工、製品化する流通システムを確立するところから始まった。

冷凍に関しては技術の進歩もあり、急速冷凍することでさつまいもの風味を落とすことなく保存が可能になった。しかし、次に立ちはだかった壁は「解凍」だった。通常、冷凍していない生の甘藷は連続芋蒸機を通りながら1時間ほどかけて蒸される。冷凍甘藷とは蒸した後のさつまいもを凍らせたものであり、蒸すのではなく解凍する必要があったのだ。冷凍すると甘藷がくっついて大きな塊になってしまうことがあり、生の甘藷を蒸す際に使用する蒸気量では冷凍甘藷を十分に解凍できなかった。苦戦の末、蒸気配管の増設や蒸気量の調整までさかのぼり、見直すことで、解凍ムラを解消することができた。

また、冷凍甘藷を用いて製造する時に、何度も酸敗が発生してしまう事態も起きていた。酸敗は乳酸菌に起因するため、別タンクに伝染する可能性もあり、早急な原因追及と改善に追われた。
「1Lでも多く造ることが使命だったんです。徳元からの叱咤激励をたくさんもらって、それが活気になっていました」と思い出を振り返るように松原は語った。
その後、酸敗の原因は生の甘藷と冷凍甘藷の撹拌条件や品温制御の違いであることが判明。無事に解決策を見出すことができ、2005年には本格的な製造が始まった。冷凍甘藷もろみでのテストが始まった1993年から足掛け10年。短いとは言えない年月を経て、ようやく試行錯誤は実を結び、焼酎の製造量が飛躍的に増大した。

「冷凍甘藷技術」と一言で言っても、実際の製造に使用するまでには多岐にわたる苦悩があった。そのたびに様々な関係会社と共に悩み、知恵をいただきながら一歩一歩前に進むことができたという。周囲の協力なしには、成し得なかった技術だ。

※酸敗とは、もろみの酸度が高くなり、焼酎の香りや味わいが落ちてしまうこと

冷凍甘藷の使用が始まり、社内にポジティブな変化も生まれた。
「1日も仕込みを止めてはならないという認識が浸透しました。そのためにラインの整備もメーカーに頼らず、可能な限りメンテナンス作業の内製化に取り組み、その結果、従業員も部品や仕込道具などをより一層丁寧に扱うようになりました。」と松原は言う。
「製造設備の省人化、自動化、省エネルギー化を推し進めて、スマートな焼酎造りを目指したい」と徳元も野望を語る。

霧島酒造の生命線とも言えるさつまいも。そのさつまいもをうまく活用して焼酎製造量を増やすために切り開いた、冷凍甘藷という新たな道。その試行錯誤で乗り越えた経験と追求心が、商品の安定供給にとどまらない次のステージを見せてくれている。

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