九州の味とともに 夏

この料理の"味のキーワード"

魚と味噌

アジ、イリコ、カマスがよく使われるが、タイなどを使うことも。焼いてほぐしたあと、味噌と一緒にすり鉢で練る

出汁

焼き味噌(冷汁の素)を溶く出汁は昆布、カツオ出汁ベースにする場合が多いが、焼き味噌によっては冷水で溶く場合もある

具材

冷汁に入る具材や薬味としては、キュウリ、豆腐、大葉がよく用いられる。地域ごと、作り手ごとにアレンジが加わることも多い

語り ふるさと料理 杉の子 森松平の「冷汁(冷や汁)」

森松平さん

「コースメニューは年に8回変えてますよ。夏3回、秋2回、冬1回、春2回。宮崎は5月から9月まで1年の半分は夏やから(笑)」。昭和45年の創業以来、宮崎の味の発掘・再発見を続けている森松平さん。宮崎のどんな郷土料理についても明るい。

●冷汁は鹿児島で生まれた?

まずお話してくださったのは、宮崎独自の郷土料理と思われている冷汁が、実は鹿児島にその起源を持つのではないかというお話だ。
「薩摩藩では、冷汁と同じような料理が食べられていたようなのです。そして、旧薩摩藩であった都城、小林、えびのの諸県地方と、島津家の分家があった佐土原で常食されていたようです。米食にこだわらない日向人のおおらかさ、高温多湿の宮崎の気候も広がった理由かもしれません。大分、岡山、広島、愛媛、香川などの港のある町にも伝わったようで、それらの街では、『さつま』の名でその味が残っているんですよ。このあたりでは瀬戸内海の白身の魚を素焼きして身をほぐし、焼き味噌と合わせて冷たい出汁でのばしていきます」。

森さんは鹿児島県枕崎(まくらざき)出身。小さい頃にはよく“冷汁”を食べていたのだそう。
「『麦んめしに冷や水』という言い方もしていたでしょうか。枕崎もある薩摩半島では昭和30年代まで『さつま』を食べていましたね。鹿児島では丸麦だけを使っていて、質素な食だったと思います」。
奥様の実家である宮崎県佐土原(さどわら)に行った時のこと、佐土原でも『冷汁』が食べられていたことにびっくりしたのだという。
「鹿児島では丸麦だけのを食べていましたが、宮崎では押し麦でしたね。佐土原は薩摩藩のとび地だったので食文化も伝わっていたのでしょう。鹿児島では豆腐のことを屋敷などの白壁にたとえて、御壁(おかべ)と言いますが、佐土原でも同じように言いますね」。

冷汁には豆腐やキュウリなどを基本にした具材が入る。各家庭によって異なるのだが、地域性もあるのだという。
「宮崎県でも、佐土原では焼きなす、生目(いきめ)では千切り大根、高鍋では落花生などがよく用いられているようです。冷汁に欠かせない魚は、宮崎ではアジ、イリコ、カマスが多いですが、対馬や宇和島では鯛の身がよく使われていますね」。

イリコを一匹ずつきれいにしていく。「手が最高の調理道具です」と森さんは言う

●杉の子の「冷汁」

『杉の子』の冷汁は宮崎の伝統的なつくり方をふまえつつ、とても手のこんだ方法で作られている。
「まず一匹ずつ丁寧にイリコの頭とワタを取り除きます。時間のある時に、7〜8人でやります。一人だとさびしくなりますからね(笑)。その後、すりつぶすのですが、やはりフードカッターではだめみたいです。手を使ってすり鉢とすりこぎですりつぶすと、空気を含みふわっとしたものができあがるんですよ。同じ材料でも作り方で味は変わります。日本料理屋はすり鉢の扱い方と裏ごしのやり方で腕がわかりますね」。

イリコをすり鉢とすりこぎで粉状にしていく。すりこぎは西米良の山椒の木でできたものだ

イリコがふんわりした粉状になったら、麦味噌を入れてよくまぜ、バットにのばしてコンベクションスチームオーブンで焼く。焦げ目がつかないように、100度くらいの温度でじっくりと焼いていく。これが焼き味噌=冷汁の素となる。「味噌は西都市(さいとし)で作られている麦味噌で、その会社は自家農場で米、麦、大豆を栽培しています。半年ほど熟成させた麦味噌に1年以上熟成させた麦味噌を2割ほどブレンドします。若い味噌には旨味、甘味があり、熟成がすすんだ味噌にはコクがあるんですよ」。

粉状になったイリコ。あたりは香ばしい香りにつつまれる

汁の中に入る具材は、大葉、みょうがのせんぎり、きゅうり、切りごま、手でほぐした豆腐、焼いたカマスのほぐし身。カマスは焼く前に一夜干しのようにしておく。
「カマスは開いて8%の塩水に漬けてから屋上で干します。切ったほうを(皮のほうではなく開いたほう)を上にして干すと、天気のいい日は3〜4時間でいい具合になりますね」

イリコと麦味噌で作られた焼き味噌を、冷やしておいたコンブとカツオブシの出汁でよく溶いて裏ごしする。
「焼き味噌30gに対して150mlの出汁を入れています。みそ汁よりやや濃いめですね。ごはんにかけるし、野菜類から水が出るので、これでちょうどよくなるんですよ」。

裏ごししたら具材を入れ、白米7押し麦3の割合で炊いた熱いごはんにかければできあがり。
「冷たいごはんだとまざりにくいようです。熱い麦飯に冷たい汁をかけると人肌くらいの温度になって食べやすいですよね。今は、白ごはんになりつつありますが、かつては100%麦の麦ごはんだったんですよ」。

麦ごはんの入る器はケヤキでできた木製の器。手にふれる感触もやわらかい。
「木椀は木をくりぬいて作るので精霊が宿ると言われています。昔の人は木椀で食事をするのを好み、特にケヤキの椀は長生きを約束するものとして好まれたと言われています」。

すべてに手間のかかった冷汁は、その味わいもやわらかい。
「冷汁は素朴な料理だからこそ、なかなか難しいんですよ。なかなか手間がかかりますね(笑)。いかがですか?美味しいものは舌にのってくるでしょう?」。
イリコ、味噌、カマス…それぞれの味がまとまってひとつの味わいとなっている。

いつか“森”になりたいということで店名を『杉の子』とした森さん。宮崎からの多くの食材、全国からの多くの人が集まる大きな森になったのではないだろうか。しかし、森さんはさらに前進を続けている
「いい素材を見つけると料理する楽しみができますし、知らないものはたくさんあって、どこかに行けば必ずなにかが見つかるんです。まだまだですね(笑)」。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

魚と味噌

冷汁の素に使われる魚はイリコ。頭とワタを取り除きすり鉢で粉状になるまでする。味噌は2種類の麦味噌をブレンドしている

出汁

イリコと麦味噌で作られた焼き味噌を溶くのは、冷やしておいたコンブとカツオブシの出汁。さらに裏ごしする(写真は裏ごし後)

具材

きゅうり、大葉、豆腐、みょうがに加えて、焼いたカマスの身をぼぐしたものが入る。カマスは、さばいて店の屋上で干物にしたものだ

このページを共有・ブックマークする

ふるさと料理 杉の子魚介、野菜…宮崎の旬の食材を味わう

昭和45年創業。宮崎の食材を「愛しとります」と言う店主・森松平さんが作る料理は、宮崎の旬の素材を使ったものが中心。『冷汁』や『旭蟹』など、その季節に美味しい郷土料理をいただくこともできる。コース料理(4200円〜)は年に8回大きく変化させているが、夏が長い宮崎だけに、夏は3回変わるとのこと。季節毎の旬の魚介、旬の野菜の味を楽しみたい。

愛と技がこめられた『冷汁』。小鉢やめざしが付く『冷汁定食』は1000円。持ち帰り用の『冷汁の素』は5人分900円
蒸して素材そのものの味を楽しむ『旭蟹』200g1800円前後と、『カツオのたたき』1200円。どちらも夏が旬の一品
和風の店内ではやわらかな宮崎弁を聞くこともできる

ふるさと料理 杉の子

住所 宮崎市橘通西2-1-4
電話 0985-22-5798
営業 11:30〜14:00/16:00〜OS22:30
※昼間は予約制
休み 不定
120席
カード
駐車場 あり
URL http://www.miyazaki-suginoko.net/
お店情報をプリントする

お取り寄せ このお店で扱っている商品一覧