九州の味とともに 秋

この料理の"味のキーワード"

ピラフ

塩コショウだけを使ったシンプルなもの、醤油を使った和風ピラフ的なもの、カレー粉を使ったものなど様々な味付けがある

ナポリタン

タマネギなどの具材と炒め合わせた後、ケチャップを入れ味付けのベースとする。甘酸っぱい味わいがよりなつかしさを感じさせる

トンカツ

基本のスタイルはトンカツにデミグラスソースをかけたもの。トマトソースやカレーソースなどをかける店もある

語り ツル茶ん 川村隆男の「トルコライス」

店主・川村隆男さん

『ツル茶ん』は1925年創業で、九州最古の喫茶店とも言われている。今の建物は30年前に建て直されたものだが、当時が偲ばれる写真や道具などが飾られた店内には、レトロな雰囲気が漂っている。
「創業者は私の祖父・川村岳男(かわむら たけお)です。アメリカの禁酒法の影響で、最初の喫茶店ブ−ムと言われる時代に、東京で流行している“喫茶店”という新しい商売を勤務先の上司に勧められて、ここ(長崎市)油屋町で開業したんです。元の建物は『東洋日ノ出新聞社』があった土蔵造りの建物だったそうです。2025年に100周年を迎えますが、長崎には江戸時代から続くようなお店もあるので、うちなんかまだまだですね(笑)」。

現在、お店を守るのは3代目・川村隆男(かわむら たかお)さんだ。ユニークな店名に関しての由来は…。
「長崎港は上から見るとツルが羽を広げた形をしていることから、長崎では“ツルの港”として親しまれています。そういうフレーズが出てくる校歌もあるんですよ。“ツルの港である長崎の街に初めて生まれた喫茶店”ということで『ツル茶ん(つるちゃん)』と名付けられたのです。喫茶店は今では“きっさてん”と言いますが、元は“きっちゃてん”だったんですよ」。
開店当初のメニューは、コーヒー、ココア、紅茶、アイスクリーム、オリジナルの長崎風ミルクセーキなど。多くの人でにぎわい、地元の文化人や知識人も訪れたことから、フランスのサロンのような雰囲気に満ち溢れていたそうだ。
「実はBGMを流した九州初のお店でもあるんですよ。もちろん手回し蓄音機でしたが(笑)」。

2代目・父の川村忠男(かわむら ただお)さんは戦争の時代を乗り越えて、初代・川村岳男さんと共に営業を再開。そして、1950年代になって長崎の街ではトルコライスが食べられるようになった。
「当時、『レストラントルコ』というお店があって、そこにワンプレートの洋食があったそうです。そこでうちでも『トルコライス』を出すようになったようです。その後、1970年代には、二回目の喫茶店ブームが訪れました。脱サラで喫茶店を始める人が増えたんです。けれど、コーヒーだけでは儲からないし、続けていくために食事を出す喫茶店も増えていきました。それで『トルコライス』を出す店もどんどん増えていったのではないかと考えています。喫茶店や洋食店だけではないですが、『トルコライス』を出す店が長崎には260店舗ほどあると聞いています。ちゃんぽん屋さん以上かもしれないですね(笑)」。

『ツル茶ん』で提供している『トルコライス』のうち、一番ベーシックな『昔なつかしトルコライス』を作っていただいた。

●ピラフ
タマネギ、コーン、グリンピース、マッシュルームなどとごはんをバターで炒めたバターライス。

●ナポリタン
タマネギ、マッシュル−ム、ピーマンなどと麺を炒め、ケチャップで味付けする。“ザ・ナポリタン”という味わいだ。

●ポークカツ
ロース肉を使ったポークカツは、注文が入ってから揚げ始める。カレーライスにも使われる特製カレーソースが上からかけられる。

注文が入ってからポークカツを揚げる
ポークカツを揚げながらナポリタンを作る

皿に野菜、バターライス、ナポリタンをのせ、その上にポークカツと特製カレーソースをかけてできあがり。

ピラフ、ナポリタン、ポークカツを盛り付け、ポークカツの上にカレーソースをかける

「60年前のすごいごちそうですよ!(笑)」と川村さん。バターライス、ナポリタン、ポークカツに加えてカレーまで味わえ、なんだか得した気分。メニュー名の通り、なつかしさを感じる味わいで、ボリューム満点だがするりとお腹におさまる。
「お客さんが最初に見た時は『こんなにいっぱい食べられるかな?』とおっしゃるのですが、最後は『食べられちゃった!おなかいっぱいでしあわせ』と言っていただけるのが一番ですね」。

今では“長崎の味”として定着した『トルコライス』。川村さんは長崎だからこそ生まれ、根付いたのではないかと考えている。
「まず、日本人は海外のものを取り入れ、よりよくするのが上手だということですよね。洋食とはなにかと考えたら、イタリアンでもフレンチでもなく、西洋料理を日本風にアレンジしたもの。そもそも洋食がなければ『トルコライス』は生まれていませんよね。そして、長崎の人は異文化のものに対して抵抗があまりないですし、混ぜることが好きなんです。日本の西の端にありながら、昔から海外にも通じ様々な文化の伝来地でしたからね。だから3つの料理を合わせたトルコライスも長崎の多くの人に受け入れられ、好まれていったのではないでしょうか。
それからね、長崎の人はとても親切なんです。例えば観光の方が道でうちの店の場所を尋ねるじゃないですか。すると尋ねられた方が『あたしが連れていってやろう』となることも多いんです。さらに『あたしも食べとこう』となって、観光の方と一緒に食事されていることもありますよ(笑)。そんな長崎だから、色々なお店のコックさん達が、『(トルコライスに)これをのせたら喜ばれるかな?』『こんなソースは合うかな?』『こんなのできましたけどどうでしょう?』という感じで、基本の形を変えた様々な『トルコライス』も生まれたのだと思っています。今や長崎に根ざしたご当地グルメですね」。

現在、『ツル茶ん』には10種類の『トルコライス』がある。

【1】昔なつかしトルコライス
ポークカツ+カレーソース。「当初は男性向きという感じでしたね」。

【2】シーフードトルコ
有頭エビのフライ+濃厚なシーフードクリーム。「『女性向きのトルコライスを』と考えて始めたものです」。

【3】テキトルコ
ビーフステーキ(150g)、ストロガノフ風。

【4】チキントルコ
チキンカツ、チキンフリカッセ(チキンクリームソース)。「ポークカツ、ステーキがあるならチキンでも作ろうと思いました(笑)」。

【5】フリカンデルトルコ
ハンバーグ、デミグラスソース。「日蘭修好400周年の時に、出島と深いつながりがあるオランダをイメージして開発しました。フリカンデルはオランダ語でハンバーグのこと。ハンバーグはオランダ発祥の料理なんです」。

【6】ランタントルコ
有頭エビのフライ、ピリ辛クリーム。「毎年、中国のお祭り、春節祭の時に行なわれるランタンフェスティバルの時に食べていただきたいと思い生まれた中華風トルコライスです」。

【7】Ryomaトルコ
ビーフカツに特製竜馬ソース、和風海鮮スパゲティを添えた和洋折衷。「私は大の竜馬ファンでもあります。もし、竜馬が『トルコライス』を食べたならというイメージです」。

【8】トルコ三四郎
牛ロ−スステーキに和風ソース、和風クリームスパの和洋折衷。「もし明治時代にトルコライスがあったらというイメージです。姿三四郎のモデルとなった西郷四郎が『東洋日ノ出新聞社』の編集長だったことからこの名前を付けました。

【9】ヴェリートルコ
牛ロ−スのオーブン焼にデミグラスソ−スと、ヨーグルトソース、トルコ風ピラフにパスタ。「トルコに『トルコライス』はありませんので、トルコ風トルコライスなんです(笑)」。

【10】真正トルコライス
「長崎の郷土史家・中西啓先生の『長崎町人誌』の中に『トルコライス』の記述があります。そこには、戦後長崎で生まれた『トルコライス』は、初めはポ−クカツではなくシシカバブがのっていたという記述があるんです。そこで、その話を基に、ラム肉をメインにした『トルコライス』を作ってみました。

すでに10種類のトルコライスがある『ツル茶ん』だが、川村さんは2020年に向けて、新しいトルコライスも考案中とのこと。
「創業者の祖父が言っていたことで大切にしていることが2つあります。1つは『進取の気性であれ』ということ。好奇心をもって、いろんなものに挑戦しなさいということですね。祖父も何もないところから始めていますし、今やうちの名物になっている『元祖長崎風ミルクセーキ』も、もともとなかったものなのですから。もう1つは『大衆と共に生きよ』ということ。高級なものを追い求めるのではなく、たくさんの人に愛されるものを作りなさいということですね」。
川村さんは、創業者・川村岳男さんの言葉を受け継ぎ、新しいことにもチャレンジされているのだ。

最後に創業以来手作りされている『元祖長崎風ミルクセーキ』のお話をうかがった。『トルコライス』の後に食べる人も多い『ツル茶ん』の名物だ。
「『元祖長崎風ミルクセーキ』の元は1800年台後半にイギリスで生まれた『エッグノック』というカクテルです。これは卵黄、ミルク、砂糖にブランデーやラムを加えたもの。子どもたちはアルコール抜きを飲むわけですが、それがミルクセーキの原型です。グラバーさんが長崎に伝えたのかもしれないですね。長崎は坂が多くて夏は暑い。エアコンもない時代に涼をとるために生まれたものです。
全卵、砂糖、練乳などの材料を撹拌してそこにかき氷を混ぜます。よく間違えられるのですが、ミルクセ−キをシャ−ベット状に凍らせたものではないんです。なんといっても元がカクテルですからね。今でも手作りで、一度に10人前作ります。担当するとみんな腕が太くなりますよ(笑)。氷のしゃりしゃりとした質感でさっぱり。飲むのではなく食べるミルクセーキです。以前は夏だけのものでしたが今は1年中食べられます。『トルコライス』の後でもするっと入りますよ。ハーフサイズもありますので、ぜひどうぞ!」。

『トルコライス』と食べる『元祖長崎風ミルクセーキ』。長崎を訪れたなら、ぜひ体験したい長崎ならではの味だ。

この料理人こだわりの「味のキーワード」

ピラフ

タマネギ、コーン、グリンピース、マッシュルームなどとごはんをバターで炒めたバターライスだ

ナポリタン

タマネギ、マッシュル−ム、ピーマンなどと麺を炒め、ケチャップで味付けする。なつかしい味わいのナポリタンだ

トンカツ

ロース肉を使ったポークカツは、注文が入ってから揚げ始める。特製カレーソースが上からかけられる

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ツル茶ん(つるちゃん) 老舗喫茶店が作る10種のトルコライス

創業は1925年で九州最古の喫茶店と言われている喫茶店。60年ほど前から提供を始めた『昔なつかしトルコライス』は皿にピラフ、ナポリタン、ポークカツをのせカレーをかけてできあがり。新たな味も手がけ、ステーキ、チキン、ハンバーグなどを使うトルコライスメニューは全10種。食後には、創業当初から手作りを続けているミルクセーキを!

『昔なつかしトルコライス』1280円
有頭エビフライがのる『シーフードトルコ』1280円。スパゲティは塩とバターで味付け、濃厚なシーフードクリームソースにはムキエビも入っている
隠し味にレモンの絞り汁が入っていて、後味もすっきり。『元祖長崎風ミルクセーキ』680円
蓄音機などが飾られたレトロな雰囲気の店内
レンガ造りのお店は思案橋電停のすぐ近くにある

ツル茶ん(つるちゃん)

住所 長崎市油屋町2-47
電話 095-824-2679
営業 9:00~21:00OS
休み なし
100席
カード 不可
駐車場 なし
※記載した内容は2018年9月25日現在のものです。
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